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BOSSブログ

2024.04.29 【オフコン④ 新陳代謝】

昨日より少し気温が下がった涼しい月曜日🌥

 

(前回より)

https://www.kond.co.jp/presidentblog/presidentblog-20698/

80年代後半になると、コンピュータ業界ではビジネス分野にもパソコンがじわじわと浸透してくるが、オフコン現場では危機感がまだ感じられなかった。89年、消費税と平成元号改正。オフコン市場に2つの大きな特需があったからだ。全国のSEは前年からその対応でフル稼働で多忙を極めていた。

そして、それが終わったら「ネオダマ」が合言葉のように出現する。ネットワーク・オープンシステム・ダウンサイジング・マルチベンダー(orマルチメディ)  それは、閉ざされた世界→開かれた世界への誘いである。ハードウェアやソフトウェアに互換性が生まれ、情報システムがより低価格で構築できるようになった。

これは、ハードウェアメーカーにとっては死活問題になる。数年後に、幾つかのブランドが終息する。「USAC」もその一つだった。世のコンピュータ関連会社は皆、ハードウェアからの脱却を図る。SEはプログラム作成を止めて、市場の流通ソフトを利用するようになる。プログラマーは次第に職務転換を強いられる。営業は勘定系だけではなく、インターネットやグループウェア等のサーバー構築に関する情報系全般にも取り組むようになる。

次第にITならびにソリューションという言葉がトレンドになった。昔からのプログラム製造するSEが不用になった事もあり、いわゆるSI業社だけでは無く、事務機ディーラー等がIT業界に参入してくる。近藤商会と近藤ユーザックの垣根が無くなりつつあった。近藤ユーザックを分離独立させて、たった10年で業界が大きく変わったのだ。

’93年、私は近藤商会に入社した。近藤ユーザックは子会社とはいえ、別会社である。私はその組織には属さない。だから、口を出すことを禁じられた。その間の近藤ユーザックの実態については、想像でしかない。ただし、それは大きく違ってはいないと考える。

両社の社長になった私は、2017年に近藤ユーザックを近藤商会に吸収した。発展的解消である。何故、すぐに合併しなかったのか?それはユーザックの社員の心にある。吸収される側の人間の心中は複雑であろう。私がその立場だったら、あまり穏やかではないと考える。

25人程いたユーザック元社員は、現在4人が活躍している。全員元SEで、努力を重ねて新しいミッションに転換出来た人達である。激動の中ほとんどの人はドロップアウトしたが、本当によく頑張ってきたと尊敬する。

BCP・情報セキュリティコンサルティング、これからも激変するITを絡めながら、「KOND STYLE」は更に進化していくだろう❗️

皆さんの更なる成長に期待をしています❣️

 

※オマケ

ハ〜イ❣️ポッキー🐶♬😁(笑)